11月9日から11日まで、知財・情報フエアーが開催された。コロナ禍の中であったが、予想以上に来場者が多かったと思う。在宅勤務で外出の機会が少ないので、会場に出向き、旧知の人と会うのが楽しみで来場されたという方もいた。やはり直接お会いして、お話しできるウエットコミニュケーションの良さにこだわっている方がいることを実感した。
10月にIPMAへアップした「知財の近代史から見えてくる日本経済の衰退化:R&D編」に続いて、11月は「:インテリジエンス編」をアップした。
Kさんの遺稿を整理し、R&D編として纏めている最中で気づかされたことがある。それは、篠原さんも、Kさん同じようなことを考えていたことである。そこで彼の書き物(レポート、ブログ等)を読み返し、整理して纏めてみた。取り挙げる内容のキーワードは、「リストラ」と「インテリジエンス」とした。書かれた時期は2005年~2007年である。彼は、世界へ「物、事、考え」を誤解なく伝える為の、翻訳しやすい「平明(文明)日本語」の必要性を訴え続けている先人であり、発明くんの師でもある。
彼は、学生の頃、一年以上、日本語を話す機会が全く無かった環境で世界の多様性を実感したそうだ。1980年前半、勤めていた日本企業のプロジエクトで、シリコンバレーのソフト会社にアプリケーションソフト開発を委託し、野心的なシステム開発に取り組んできた経験を持つ。システムの狙いや概念の討議とプロジエクト推進で大変な苦労をしたそうだ。更に1990年代前半から中期にかけて、シリコンバレーに本拠を置く外国資本の会社で、日本地域担当重役として働いてきた。そこで得た知見は、これまでの経験の何倍もの重圧で「英語」がのしかかってきて、ビジネスの基本は「英語」であるということ、そして「インテリジエンス」の必要性を嫌と言うほど思い知らされたそうだ。
彼が日本メーカーに在籍していた頃は、イケイケの時代であり、市場にはニーズが 転がっていたから、何を作ればよいかを思い煩うことは無かった。その頃から比べると、今やモノづくりに携わる人々にとっては、環境は極めて難しいものとなっている。何を作れば売れるのか見えてこなくなり、また、自社の有する技術がこれからも活躍する場があるのかどうか、見えなくなっているのではないだろうか。その原因は、世界の状況が劇的に変ってきたからである。だからこそ「「インテリジェンス」の力が必要であると言える。更には、アメリカ企業の「リストラ」の凄まじさも「篠原私見」として述べている。(発明くん 2022/11/18)
知財の近代史から見えてくる日本経済の衰退化:インテリジエンス編は、こちらから
IPMA(ipma-japan.org)
4月から取り組んできた原稿の校正が、やっと終えたのでIPMAホームページへアップして残すことにした。
Kさん(故人)が米国企業で体験したR&D活動、日米企業のR&D体制の違い等が主なテーマとなっている。
Kさんの遺稿(書籍)をもとに、彼が伝えたかったであろう、エッセンスを発明くんなりに(独断と偏見?)を取り出して纏めることに挑戦した。
Kさんが残した遺稿は、やがて来る日本経済の危機を訴えており、研究開発技術者の立場から、その対策を提唱していた。当時の日本は、「成熟・衰退期」にあった。にも拘わらず全く注目されることなく、それらのレポートは埋もれた状態になっていた。現在の日本経済は、彼が危惧していたとおり日本は大変な苦境にある。そのような状況のなか、故人の書籍やレポートを整理し「知財の近代史から見える日本経済の衰退化」という切り口から纏めたのが、この原稿である。
この原稿から、現在の日本経済が停滞している原因と、なぜ改革することができなかったのかが、見えてくると思う。恐らく過去の成功体験にしがみついてきた日本企業組織の問題と、日本人の特性が読み取れるはずだ。今から20年も前(昔?)に書かれた書き物であるが、反省を込めて現在でも読み応えのある内容と考えている。(発明くん2020/10/03)
知財の近代史から見えてくる「日本経済の衰退化」は、こちらから
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仙台育英高校の優勝で、念願の「白河の関越え」を実現
第104回全国高校野球選手権大会は、仙台育英高等学校校(宮城)と下関国際高等学校(山口)の決勝戦となった。仙台育英高校が下関国際高校を破り、東北勢として初の全国制覇を遂げた。念願の「白河の関越え」を果たした。
発明くんの出身は下関である。しかし下関国際高等学校という校名には覚えがなかった。早速、ネットで調べたところ、前身は下関予備校(昭和34年4月認可)であったことが分かった。翌年、下関電波専門学校(昭和35年(1960年)認可)となり、関門トンネル自動車道の壇之浦の地に存在していたことは記憶にある。昭和35年は、発明くんの進路が決まる中学3年生の年である。発明くんの出身地、下関市は水産業が盛んで遠洋漁業、捕鯨船の基地として栄えていた。その土地柄、船乗りになる人が多い。無線技術を学んで無線士を目指し、船に乗りたいという学友がいたことが記憶にある。
昨日の📺放送で、下関私立早鞆高等学校野球部の監督を担っている大越監督の話が紹介されていた。大越監督は仙台育英高校のエース投手として、夏の大会(1989)年で決勝まで残ったが深紅の大優勝旗を手にすることは出来なかった。仙台育英高校を卒業してプロ野球福岡ホークスへ入団して活躍した。大越監督は、今回の奇縁と高校野球のすばらしさを感慨の涙を流しながら訴えていた。その光景に思わずもらい泣き。
さて本題「白河の関越え」。
仙台育英高校の優勝でマスコミは、深紅の大優勝旗の「白河の関越え」と、大賑わいである。その影響かな?「知財ブログ」で篠原さんが投稿した「白河以北二束三文:中央と地方の関係」へのアクセスがこの2、3日増えている。マスコミが騒いでいる「白河の関越え」と篠原さんが述べている「白河の関越え」の趣旨、切り口、捉え方に大きな違いがあるのは仕方ない。(発明くん 2022/08/24)
https://nihonir.exblog.jp/14640454/
4月に「日本は、なぜ弱い特許が多いのか」という能書を書き終えて校正に入った。しかし、校正を終えてIPMAのHPへアップしたのが6月である。
誤字、脱字は直ぐに直せる。しかし表現が適切であるか、誤解を生まないか、文章の繋がりが分かり易くなっているか、等の修正は「キリ」がない。アレコレと気になるのは、発明くんが単に歳を取ったからだと思う。決してリッパな書き物に仕上がるわけではない。校正に時間をかけていると、次の能書きが進まないので取り合えず、ここらで手を打つことにした。
◆日本は、なぜ弱い特許が多いのかは、こちらから
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次の能書きは「知財の近代史から見える日本経済の衰退 」に取り組んでいる。その主な内容は、①アメリカの製造業は、なぜ国際競争力が低下したのか ②日本は、なぜ高度経済成長期を迎えることが出来たのか ③とある日本技術者がアメリカ企業で体験した「R&D」活動の体験談 ④知的財産に対する日米の考え方、取り組み方の違い ⑤日米の差:ドライビングフォースとニーズ他
纏め上げたら、この能書きもIPMAホームページヘアップする予定でいる。原稿は殆ど書き終えたが、またもや校正に時間がかかるのかな?(発明くん 2022/06/30)
本日の朝日新聞朝刊で、半導体 巨額投資続々 経済安保観点 政府税金で支援 という記事が取り上げられていた。
その内容は「半導体産業 復活狙う政府」: 世界で半導体工場の建設ラッシュが起きている。各国が誘致を競うなか、日本政府は税金も投資、かつて隆盛生を誇った産業の復活を目指す。日本勢は1980年代には半導体の世界シエアの50%前後を握っていた。今は10%ほどに落ち込む。経済産業省は「産業政策の失敗」とし、国策として復活を描く。税金で基金を作り、工場建設に最大2分の1の補助金を出す。(記事引用)
この記事の中で東京大学大学院の鈴木一人教授(国際政治学者)のコメントが載っていた。
政府の介入には懸念もある。TSMCの向上誘致は、日本にとってプラスだとしつつ、技術革新等の観点化で効果があるのか疑問だと言う。「工場に代表されるモノづくりよりも、研究開発や回路のデザインなど付加価値を高めていく視点が必要だ」と話す。鈴木一人先生の指摘は、その通りだと思う。
シリコンバレーで駐在員だった半導体研究者から聞いた話しである。当時、駐在員の主な仕事は、シリコンバレーでの「次世代半導体技術の研究・開発」に関する情報と本社へのレポー ト提出であった。しかし、その反応は極めて鈍く、聞き入れる耳を持たなかった。その理由は 現状が理解できない創造力(想像)の無さもあるが、過去の成功体験と現状に甘んじリスクを 避ける企業体質での危機感の無さからだと思う。我が社もシリコンバレーに進出しているとい う単なるアリバイ作りと安心感だけであったと思う。(発明くん 2020/05/16)
・篠原ブログ:仕様書が書けない、文書が命、論理力不足、
(exblog.jp)
・IPMレポート:「日本は、なぜ半導体事業で負けたのか」
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