南太平洋に散らばるポリネシア人のルーツは台湾らしいという話は前に書いた。台湾から南に向った者だけでなく、当然北に向った者もいるだろう。もっとも沖縄諸島の最西端は台湾北部よりも緯度が低いところにあるから、大げさに、未知なる北の海へ、というよりは、すぐそこの島から島へと伝って行くうちに日本列島の三陸海岸あたりまでは気楽にこれたであろう。彼らの優れた航海術から見れば、朝飯前の移動と移住であっただろう。三陸の南端あたりに居住したグループは、鯨獲りに優れた腕を誇っていたと思われ、その伝統は、つい最近まで、捕鯨がキャンキャンうるさく言われるまでは受け次がれていた。
海岸線に住する日本人の多くは、DNAをさかのぼれば台湾に行きつくと思われる。そう、海洋国日本の原動力としての昔の移民。
彼らのふるさとである海洋が今途方もない危機に襲われている。気象異変と汚染と魚の乱獲(over fishing)という三つの嵐が同時に来ている。気象異変の影響は、ここでも何度も書いて来ているように、海水の温度上昇と酸性化という結果をもたらしている。さらに、北極海や南極大陸の氷が溶けることで、海水の成分の変化も危惧されている。あれやこれやで海流の流れが、コースが変わったり速度が変わったりする結果となることも危惧されている。
海の汚染は、人間が出すプラスティックなどの固形のごみなどだけでなく、畑にまかれた化学肥料や農薬、そして処理できない、あるいは処理されずに川に流される化学薬品その他にある。
その上に、人間様が魚を一網打尽にしているから、海の生物にとってはまさに踏んだり蹴ったりのご難がもう随分と続いているわけだ。
それやこれやで、このままでは海から魚がいなくなる日もそう遠くはなさそうである。網を入れても上がってくるのはクラゲだけということになりはしないか。
確かな数字ではないが、世界の人口一人一人が摂取する動物性たんぱく質の20%は海や淡水の魚に依存しているという。これは平均値であるから、お魚大好き民族である日本人の摂取比率はもっともっと高いであろう。それなのに、不思議なことに、日本では、海洋がたいへんだ、という話はほとんど聞かない。私の情報網が粗雑なのか、それとも、海に関心のない山猿ばかりで、研究者からマスコミから霞ヶ関まで構成されているからなのだろうか。
台湾ポリネシアをルーツにする海の民日本人は、昔から「政治」には疎く、農民出身のものたちにうまく操られれきたようだ。板子一枚下は地獄の大海原で魚を狩る業に従事していれば、駆け引きや談合や足の引っ張り合いや、はしごを外したの外してないのとか、偉い人にはペコペコ頭を下げて、陰にまわればペロリと舌を出すなんてことは、己が尊厳にかけてなしうるものではなかったのだろう。
従って、今でも、漁業に従事する人たちから、海洋の危機が声高に語られることがないのはうなずける。しかし、日本には、海洋学や水産学の研究者も多くいるはずなのに、これらの人たちが沈黙しているのはなぜだ?なぜ大騒ぎしない?自分たちの研究と魚がいなくなることは関係ないのか?
日本民族の人口比率からいえば、山を駆け巡って鹿や熊を取るのが上手の縄文民族の末裔と、水田稲作技術を携えて日本に移住してきた弥生族の末裔と馬に乗るのが得手のモンゴルあたりから来た騎馬民族の末裔が圧倒的に多く、台湾から来た海の民は極めて少ない。従って、海洋王国日本なんてのは嘘っぱちであり、畑と水田と山の民ニッポンが実際である。海がどうなろうとあまり関心がないのは、そう考えれば納得できる。
しかし、随分古くから、魚はうまいということを知ったこれ等大地と山の民日本人だから、魚の消費は世界一となったのだろう。四足を食べちゃいけないと言われたことも魚の普及を促したとも考えられる。供給の方は、何しろついこのあいだまで(私の学生時代)、たった39トン(*)の小さなマグロ船で西アフリカ沖までのすぐらい勇猛果敢の海の民のおかげで、十分あったから、ますます食生活は魚依存となったのだろう。*資産税が40トン以上の漁船になると跳ね上がると、当時旅した港町で聞いた覚えがある。
地球環境の変化はもう人間の手ではどうしようもないから、食卓の魚を何とか維持するためには、沿海漁業と養殖にシフトして行くしかないだろう。そのためには、海に流れ込む川の水をきれいにし、川の水をきれいに保つためには森林をキチンと保護しなければならない。それだけでなく、化学肥料と農薬の使用をできるだけ抑える農業にも転換していく必要もある。工場廃水を川に流すなんてのもとんでもない話である。
これらのことを海洋学者や水産学者が声高に語ってくれないと、人口の圧倒的多数の山家の民は何も知らないまま、ある日突然魚がスーパーから消えてしまった、なんて目に会うことになろう。日本で取れなきゃ輸入すればいいなんてのたもうていても、世界の海洋から魚が消えつつあるのだから、輸入もくそもなくなる。世界で一番魚を食べてきた日本人だからこそ、この海洋危機に対して先頭に立って、世界の世論をリードするぐらいの行動が欲しいものだ。海と魚のことまでアングロ・アメリカンにリードされていては恥だぜ。
(09.03.20.篠原泰正)