石炭と石油を野放図に燃やしすぎて地球の大気を大きく暖めたことで、気象と海洋のバランスが壊れてしまった。このとんでもない失態を止めるチャンスはこの20年にあったが、人類にとって不幸なことに、一番景気よく燃やしてきた国、アメリカという超大国のCEOはこの間、ブッシュ(親父さん)さんの4年、クリントンさんの8年、息子ブッシュの8年と、いずれも地球温暖化なんぞはくそくらえという人たちであった。NASAのジェームズ・ハンセン博士の1988年の忠告を真面目に受け止めていれば今日の事態は招かずに済んだであろう。失われた20年である。
そして、不幸に輪を掛けたのは、もう一つの超大国、中国の目覚めであった。1989年の天安門事件以降、開放経済に向かい、この20年、地響きがするほどの勢いで、西洋流工業化社会の建設に取り組んできて、それは同時に猛烈な勢いで大気に二酸化炭素を吹き上げることでもあった。
現時点で、中国のエネルギー需要の80%は石炭を燃やすことでまかなわれているという。消費される石炭の量は20億トンというすさまじさである。あまり多すぎて想像もできないが、10トン積のダンプカーで運ぶとすれば、2億台必要という量である。CO2の排出を抑えたり、出て行くCO2をキャッチして地中に埋めるなどのクリーン石炭技術が実用化になるには、早くても10年先ということだから、これまでも、今も、これからも、何の仕掛けもせずにガンガン燃やされていくわけだ。
なぜ燃やすのか?一つは言うまでもなく、世界の工場として工業製品の生産を請け負っているからである。自国の工場での生産を止めた分、米国も欧州も日本もCO2の排出は減ったが、それは中国に移管しただけのことであり、おかげで中国はCO2排出ナンバーワンの地位を07年に占めることになった。そして、世界不況で輸出製品の生産が減ったといっても、国内需要がある。
かつて日本では、三種の神器という言葉があった。戦後10年、家庭の中に、電気洗濯機と電気掃除機と電気冷蔵庫が入り始めたときからの呼び名である。私の中学生のころ、日本中で家庭の中の一大電化が始まったわけだ。そして、これらが一巡すると、第二の三種の神器が現れてきた。テレビとマイカー(自動車)とクーラーである。
この20年の中国は、この3種プラス3種、計6種の神器を追い求めてきたのであり、何しろ人口が多いからまだ全員に普及するまでにはいたっていない。政府はこの6種の神器を国民に与えることを拒むことはできず、また内需拡大で経済成長を維持するための目玉商品でもある。電力、なんとしても電力が要る。ある見積もりによれば、2030年には今の3倍の電力需要があるという。8,600テラワット(兆ワット)という想像を絶する需要量である。
中国はもちろんシャカリキになって、水力発電、風力や太陽光発電の拡大に取り組んでいるが、13億の民の6種の神器の需要だから、とても間に合うものではなく、結果として石炭依存は減らない。石炭火力発電が大気中のCO2増加の最大の犯人であることは広く知られているところであり、この発電所を止めない限りCO2を劇的に減らすことはできない。そして、中国は止めることはできない。
世界中から集まって、京都で会議しようがコペンハーゲンで会議しようが(本年12月予定)、中国13億の民にこの6種の神器が行き渡るまでは、石炭の煙はなくならない。誰も止めることはできない。
西洋世界が編み出した石炭・石油を燃やしての近代工業文明の最後のランナーは中国であり、そこでの石炭の煙が消える時は、地球上の生物の命も消えるときとなる。西洋世界と日本が、自分たちのやってきたこの工業文明はもう続けられないとして、新たなやり方を採用しない限り、中国の驀進を止めることはできない。日本を含む西洋世界が今のやり方を変えるわけがない。今目の前の不況を克服する処方箋として掲示されているのは、いかにして個人消費を増やすかであることから見ても、地球の運命よりも目先の景気重視という姿勢を変えることがいかに難しいかは明らかであろう。
西洋世界と日本が自らのやり方を改めない限り、中国に対して6種の神器の普及を諦めてくれとは言えないことになる。
(09.03.19.篠原泰正)