19世紀、英国で靴の製造を営む二人の社長が、アフリカ市場の視察に出かけた。広いアフリカ大陸をぐるっと一回りした後、一人の感想は、”市場としてまったくダメ、靴を履いている人を一人も見かけなかった”であり、もう一人は、”すばらしい市場だ、誰も靴を履いていないから、全員に売れる”であった。
この笑い話をどこかで聞いたのだが、私の感想では、二人ともまちがっている。まったく靴が売れないはずはなく、また全員に売れるはずもない。10人のうち2-3人には売れるという市場予測が正しかったのではないか。
木曜日、2月5日、デトロイトのGMが米国証券と取引委員会(SEC: US Security and Trade Commission)に提出した2008年年次報告の中で、監査法人(auditors)「Deloitte and Touche」からの、ビジネスを継続できるかどうか疑いがもたれるという警告を受けて、米国政府から更なる資金援助(150億ドル:1兆5千億円)がなければ、資金がショートして、30日以内に破産すると述べたと新聞が報じている。
GMは既に政府から150億ドルの援助を受けたが、大半の人が予想したとおり焼け石に水であった。3年間で820億ドル(8兆2千億)もの赤字を出した(昨年1年では310億ドル)巨大会社であるから、2兆円とか3兆円の救済金ではどうにもならないわけだ。
その報告の中で(私は読んだわけではないが)、GMは、救済金が得られなければ、”会社更生法(Chapter
11 bankruptcy protection)申請が残された道であり、そうなれば、先に借りた150億ドルは返せなくなりますが、ヨゴザンショか?”とすごんでいるようだ。たいしたものだ。
先月政府に提出したリストラ計画(restructuring plan)の中で、本年の同社の損益分岐点(break-even point)は米国内販売1200万台にあるとしているという。それなのに、2月の販売台数は、前年比で53%の落ち込みであったと伝えられている。どのような延命策を注射しても、もはや手のほどこしようはない。オバマ政権がどのような決断をするのか、来週に待たねばならないが、ゲームは終ったということだろう。
このGMだけでなく、世界の自動車会社の誤りは、自動車を買う人の数の倍も生産できる体制を築いてきたところにある。裸足のアフリカの人全員に靴が売れると試算したところに誤りがある。
しかし、これは、会社経営の誤りだけでなく、近代工業化時代の象徴であったがゆえに、今回もまた象徴となる運命にあったということだ。大量生産、大量消費、大量廃棄の近代工業の仕組みが壊れた象徴である。先進諸国において、自動車を買う余力のある人は増えるどころか減っているのだから、その数に見合うだけの生産で我慢できる体質に変換していかざるを得ない。毎年減っていく数にあわせて行くしかない。
近代工業の象徴であった自動車、旗艦であった自動車産業が崩れると、アメリカ経済はホンマものの恐慌に突入するという恐怖感が米国政府にはあるのだろう。象徴であるがゆえに、西洋文明の基盤をなしていた工業、この200年の基盤の工業、石油という途方もなく有用性と利便性に富んだエネルギーを基盤にしての産業が崩れることを怖れる気持ちはわかる。しかし、ステージは既に変わりつつあるのだ。死に体の産業にいくらカンフル金を注射しても生き返る望みはない。つかえるお金があるのなら、新しい産業分野に栄養剤を与えることがとるべき策であろう。
なお、GMのCEO、リック・ワゴナー(Rick Wagoner)氏は、昨年会社が大赤字にも関わらず、1500万ドル(15億円)の年間報酬を受け取ったそうだ。ただしその多くは自社株だったので、ほとんど紙くずになってしまったらしいが。
(09.03.07.篠原泰正)