技術の発展途上においてどの国も必ず通過するステップに「本邦初製品」の時代がある。「本邦初製品」とは文字通り、海外企業の製品で、かつ日本にはまだないものを日本に導入するものであり、その企業にとっては新製品かもしれないが、これは、本邦「初製品」ではあるが世界「新製品」ではない。
この時代には、国内の競合他社に比べていかにして早く海外の生まれたばかりで有望な新技術、新製品に注目するか、いかにして早くそれを技術導入して、あるいは特許に抵触しない方法で国産化するかが勝負である。海外駐在員が活躍した時代だ。多くの場合、製品がすでにこの世に存在していて有望であることがはっきりしており、国産化が成功すれば必ず儲かるということが誰の目にも明らかな事が特徴である。
このような技術は一般に、遅かれ早かれどこの会社も同じ技術に気がついて注目する。他社に負けるな、皆で渡れば恐くない、という心理も働く。だから、導入競争が起こりどこの会社でも同じような研究開発が行なわれる結果になる。成功すれば必ず儲かり、それを他社よりもどうやって早く実現するかが勝負だから、勢いそれぞれの開発プロジェクトが大型なものとなる。
T社はこの「本邦初製品」の時代に成功をおさめた企業の代表格と言えよう。戦後のT社の躍進はもちろんナイロンの技術導入による国産化で始まった。そのあとポリエステル、アクリルと大型製品の技術導入が次々と成功し国の輸出振興策ともマッチしてとどまるところを知らないほどの躍進を遂げ、昭和30年代は毎年日本のナンバーワン企業の座をキープし続けた。
さて、このような時代に成功をおさめた企業の研究開発はどんな特徴を持つことになるだろう。第一にはすでに述べたように、ひとつずつの研究開発テーマが大型である。大型である、という意味のひとつはそれが成功したときに期待できるマーケットが大きい、ということでありそれがペイすることが計算できて明らかであり、そして激しい開発競争に打ち勝たなければならないために、従事する技術者、関係者の数が多いということである。
もうひとつの特徴は、よほど計画的にやらないと、ひとつずつのテーマ、つまりその製品の間に技術的共通性が比較的乏しくなる。これは導入が、もっている社内技術に枝葉をつけての発展でなく、有望なという基準で外にある技術を取り込む事での拡大であるためにどうしても起こりやすい。
また、別の視点から、研究部門に比べて、開発部門あるいは製造部門の発言力が強くなる。これは、技術導入による「本邦初製品」の場合にキーとなるのが導入された技術を如何にして自分のものにして製品をつくるかであり、それはむしろ開発部門あるいは製造部門の責任であるからである。日本がこの過程を経ていることが今の日本の高品質製品を支えていることは既に述べた。
このような会社では個々の製品のスケールが大きい、ということはトータルの製品の数が会社の規模に比べて少ないことを意味する。従って「社内要素技術」の数が少ない。しかも、それぞれの要素技術がうまく絡み合っていない、触れ合っていない。
この社内要素技術の触れ合いの問題にはふたつの面がある。ひとつは、人的な問題であり、もうひとつは地理的および物理的な問題である。繰り返すことになるが、導入技術の場合それが研究部門からスタートしていないために、その技術を基礎から実践して学んだ専門家が少ない。したがってほかの社内技術との専門家同士による技術レベルの高い交流が起こりにくい。また、導入技術の場合、製品化を独立して自己完結的にできることが多いので、独立した工場としてスタートすることが多く、後で研究開発部門ができたとしても、ほかの製品の研究開発部門と異なった場所に立地することが多い。(クリヤ・ビュー)