やさしい経済学(3)-資本主義と帝国主義
あの出来事は一体なんだったのか、と歴史を分析する場合、経済学という分析道具は必要でありかつ有効であるが、政治学や社会学の援軍を得ずに単独で使ったりすると、藪の中に突っ込んでしまって、何がなんだかわからなくなる危険も出てくる。
大日本帝国とアメリカ合衆国が主役を演じた太平洋戦争を含む第二次大戦とは一体なんだったのか。このことは、日本においては、国家としてまともな分析もせず(したくないからしなかった)、従ってまともな反省もせず、戦後63年間うやむやのまま放置されている。この、国の姿勢は、経済学が分析すべき対象範囲外であるから、ここでは脇に置いておこう。
第二次大戦当時、当事者諸国の体制は次のように簡単に分類できる:
一番基底の経済の仕組みと運動は、ソビエトロシアの、特殊な、そして誤って(あるいは意図的に)社会主義と称される国家統制経済を除けば日本もドイツもアメリカもみんな資本主義であった。その上にかぶさっている国家方針は、これは全員、「帝国主義」である。そして、その上に在る、つまり帝国主義方針を具体的に経営する政治システムには二種があった。すなわちアメリカを先頭とする「議会制民主主義システム」と日本とドイツとロシアの1グループ独裁統制システム(一般的には全体主義と称されている)の二つである。
なるほど、日本もドイツも、国家の経営システムにおいてとんでもないやり方を採用してしまったが(日本は昭和初年(1925年)から、ドイツは1933年から)、その基盤の帝国主義においては全員同じであったから、第2次大戦とは、帝国主義展開に遅れをとってあせった新興の日独伊三国とアメリカや英国といった老舗の帝国主義諸国の間の縄張り争いであった。そこにもう一つ19世紀のロシア大帝国の伝統を受け継いだソビエトロシアが加わった三つ巴のシマ争いであった。
帝国主義そのものを悪と言い立てるなら、全員が有罪と判決が出るところを、海千山千の米英の宣伝によって、全体主義経営を採用した日独のみが悪者に仕立てられることになった。米英、すなわちアングロ・アメリカン世界の宣伝(プロパガンダ)は巧妙を極めていたから、お白州において、”すべて私どもが悪うございました”、と米英お代官に恐れ入った後遺症はいまだに日本に残っている。
世界に向けてのこのプロパガンダがあまりにも巧妙であったために、例えば、アメリカの知識層(通称インテリ)においても、アメリカは日独という悪の帝国に対し「正義」の戦いを行い世界を救った、といまだに信じている人も多い(大半-90%以上はそうであろう)。従って、国民の世論においても同じである。
この老舗や新興の、そしていささか毛色の異なる(ソ連)国が入り混じっての世界規模での「シマ争い」で一番迷惑を蒙ったのは、彼ら帝国主義国の支配下にあった諸国・諸地域の民衆であったことは言うを待たない。そのことについてわれわれ日本人はいくら反省して謝っても十分ということはないが、同じ「ヤクザ」である米英からケチョンケチョンに言われるゆえんはなかった。アルカポネ(Al Capone)組とジェノベーゼ組の争いで、どちらが正しく、どちらに正義があるなんて判断がでるわけがない。アルカポネ組が親分一人で一家の方針を定め(ファシズム的)、ジェノベーゼ(Vito Genovese)組はファミリー内の「会議」でシマの拡張や麻薬の売上倍増方針を民主主義的に決めているからといって、そこに何の違いがあろうか。
帝国主義という対象はもちろん経済学だけで分析できるものではない。しかし、経済学の分析無しにまともな分析が生まれないこともまたはっきりと言える。
(08.09.08.篠原泰正)