1週間前の日曜日、6月21日の英国ガーディアン紙は、英国が昨年、2007年、兵器輸出で世界のナンバーワンになったことを報じている。この位置は長年米国の指定席だったが、昨年はサウディアラビアへの戦闘機輸出が大きく貢献してトップの座を奪ったとのことだ。
昨年の英国の兵器輸出総額は100億ポンド(約2兆円)に達したとのことで、その内44億ポンドがサウディ向けの戦闘機Eurofighter-Typhoonで稼いだ。メーカーはBAE Systemsである。
過去5年間の兵器輸出者(arms exporters)は、英国政府の数字によると、上から、米国630億ポンド、英国530億、ロシア330億、フランス170億、ドイツ90億、イスラエル90億となる。
当日のガーディアンの社説は、英国政府はこの数字を誇っているけれど、とてもお祝い申し上げられる話ではないと嘆いている。英国では1997年からの10年間で100万人以上の製造業従業員が職を失ってしまった。残っている優秀な製造技術は「weapons, warplanes and military equipment」にあるだけだ。英国通産省に、「兵器以外で英国の製造業の輸出で世界の一番にいる業種はありますか」とたずねたら、一つもありませんと答えが返ってきた。情けない話だと社説は嘆き放しである。
200年前、産業革命の先頭で世界をリードした英国製造業はどこへ消えてしまったのか。ドイツと並んでジェット機で世界の最先端を走っていたあのイギリスはどうなってしまったのか。ダイムラーと並んで世界でもっとも優秀な内燃機関(エンジン)を作っていたロールスロイス(Rolls Royce)はどこへ行ってしまったのか。
1980年代、北海油田から石油が湧きあがってきたバックアップを受けて、英国経済は再び上昇気流に乗ったかに見えたが、その気流は市場経済、規制緩和、利益優先、株価至上、何でも民営化のバブルにすぎなかった。当時、鉄の女ともてはやされたサッチャー首相は北海油田の景気とマネー至上主義のバブルに乗っかっていただけで、結果として英国の経済を壊したことになる。
国が敗れても山河は残るかもしれないが、製造業、もっと広く言えば、-農業も含めて-モノづくり敗れて健全な社会なし、と言える。
社会の精神、つまり社会の構成員である一人一人の精神を蝕んでいく要因はいくつもある。例えば、環境、すなわちそこで生きるさまざまな生物(動植物)を、人間の都合に合わせての人工的なるもので破壊すると、人々の心の中に潤いが消えていき、また命あるものへの優しさも消えていく。
そして、ここでの主題であるが、地道にモノづくりに励む生活のスタイルが消えていくと、人々の心は荒んで(すさんで)いく。その裏では、スマートに動いて効率よく高額の銭を手にするスタイルがマスコミでもてはやされ、汗水流してこつこつとモノづくりに励むスタイルは「ダサイ」ものとレッテルが貼られていく。
英国の製造業が衰退したのは、工場で働く人たちの技能が劣るようになったためだろうか?開発設計の優秀なエンジニアがいなくなったためだろうか?そんなはずは無い。人材はいたのに、すべては経済効率、経営効率、すなわちもっとも効率よく銭を稼ぐという悪しき理念(?)の下に、利益率の低いモノづくりが捨て去られていっただけだ。
モノづくりは、地道に働く精神を受け継ぐ人がいなくなってしまうと、銭が余ったから工場でも建てるかと思っても再開は難しい。図面が残っていてもそれを活用できる人がいなくなっていては、豚に真珠となってしまう。
日本は西洋の動きから一呼吸遅れるから、この20年の銭至上主義の動きへの参加も少し遅れた。その遅れた分が幸いして、製造業は「壊滅」を免れた。この10年で随分壊してしまい、傾いてはいるがまだ大丈夫である。(モノづくりの基盤である農業は壊滅的打撃を受けてしまったが)。
かつて日本の先生であった英国の惨状(製造業だけでなくすさんだ社会全体)を他山の石として、農業と製造業の傾きを再建することが、穏やかな社会を取り戻す基盤であることは断言してもいい。
(08.06.28.篠原泰正)