規制緩和(deregulation)と構造改革(structural adjustment)と民営化(privatization)は、どの面を主にして眺めるかの違いだけで、目的とされているのは一つである。すなわち、お金を稼ぐ場を拡大することにある。
これまで政府が担ってきたサービス機関・システムは当然利益を生み出す場ではなく、公共(国民・市民)の利益のためのものであるから、マネーを太らせることを目的とする人たちからは目障りな存在であった。そこで、民営化という圧力をかけることになる。これらのサービスは、主に社会基盤に関するもので、電気、ガス、上下水道、郵便、電話、道路、鉄道、都市交通、航空などがこの範疇に入る。
これらの分野で、日本においてもどれだけの機構が民営化されたかを眺めれば、ある意味で愕然とさせられる。幸いなことに、水道はまだ地方自治体の「直営」で行われているので、日本国民は「水」の心配をあまりせずに済んでいる。
世界の中で、この民営化の流れは、1980年代、英国のサッチャー首相(Margaret Thatcher)が真っ先駆けたもので、米国もほぼ同時に着手し、今や民営化の世界のチャンピオンとなっている。そこでは、上に上げた分野だけでなく、軍隊機能の多くも民間企業に委託されており、一部では刑務所さえも民間企業の運営下にある。刑務所もビジネスになるとは!このままいけば、警察も消防も民営化!なんてことになりかねない。事実既に警察のサービスの多くが民間の警備会社に移っている。この勢いが続くと、たとえば、アメリカで救急車を呼ぶと、「ナンボ払う?」といわれ、血流しているけが人を前にしながら値段交渉が必要になるかも知れぬ。(中国の人を笑ってられない。)
規制緩和は、国益とか国民の利益を守るために政府が設けてきたさまざまな規制を取っ払って、私企業が自由に動けるようにするものである。例えば、資本の流入を制限していた法律は取り払って、外国資本が、いつでも・どこでも・いくらでも動き回れるようにするものである。日本の証券市場の40%は既に外国資金で取引されているから、国民のささやかな株の投資など、風の前の塵に同じである。
構造改革とは、以上の2点を含めて、お金が自由に動き回れるように構造を変えることであり、それによって、マネーを太らす機会と場所を増やすことを意味する。もちろん、貧乏人を豊かにするための「社会構造改革」ではなく、金持ちがもっと金持ちになるための構造改革である。
このようなメガ・トレンドは、シコシコとモノづくりに励んでいるメーカーにどのような影響を与えてきただろうか。民営化された企業に直接入り込むことは無いだろうから、ビジネスから見ると、これらの民営サービス会社への機器・システムの納入という、従来からのかかわりの延長線上だけであろうか。ただし、「公共営業本部」などという看板は下ろした方がよさそうな状況になっている。いずれにせよ、国民・市民へのサービス事業から、利益を生み出す事業にこれまでの相手が変ったわけだから、シビアな納入価格が要求されているのだろう。
利益を脇に置いておいて、頑丈な、信頼性の高い機器やシステムを作っていてはビジネスチャンスを逃すことにもなりかねない。日本のメーカーの多くでは、電電公社とか国鉄のきつい要求仕様に鍛えられて腕を磨いてきた部分がある。例えば、納入設備・機器は20年間保証せよとかの厳しい要求に応えてきた。
発注先が目先の利益に追われるようになれば、納入側も長期的視野よりも、やっつけで対応するようになるだろう。
規制緩和とモノづくりは一見関係なさそうに見えるが、モノづくりジャパンの足元を掘り崩す一つの原因になっている。本来「公共」であったこれらのサービス分野をお客としてきたメーカーの研究開発・設計者も意識改革を迫られているのかも知れぬ。新しい時代に対応するためには、「技術者魂を捨てて商人になれ」なんて発破かけられていやしないかと、私は心配である。
(08.03.03.篠原泰正)