私が、マングローブ(mangrove)という海辺の密林の存在を始めて知ったのは、多分、少年の頃読んだ航空戦記物の中ではなかったか。ラバウル基地からニューギニア(New Guinea)の沿岸にある豪州軍の基地を攻撃するために向かった99式艦上爆撃機(ハワイ空襲でも活躍した固定脚のずんぐりした急降下爆撃機)が、悪天候のため海岸に不時着したお話の中にそのマングローブが出てくる。ワニやらなにやらがうようよいるそのマングローブ地帯から、二人の搭乗員が悪戦苦闘しながら脱出する話である。(脱出できなければ戦後に戦闘記録を執筆できていない!)
その時の恐ろしげな描写が頭から抜けず、マングローブと聞くと、いまだになにやら不気味な印象がある。そのマングローブの破壊が進んでいるという。(ガーディアン紙2月1日の記事、08年)1980年からこれまでに、地球上のマングローブ林の20%が既に失われたという。特に1980年代の破壊はひどく、毎年19万ヘクタール(hectares)が消えていったそうだ。もっとも、最近の5年間は、幸いなことに、破壊の進展は毎年10万ヘクタールに留まっているという。それでも、1980年には1900万ヘクタール(およそ4700万エーカー(acres))あったこの林が2005年には1500万ヘクタールになってしまった。
世界中の熱帯および亜熱帯(subtropical)の124箇所に見られるこの林の半分はイ、ンドネシア、オーストラリア、ブラジル、ナイジェリアおよびメキシコで占めるという。インドネシアのマングローブ伐採の主たる原因は、日本人を最大顧客とするエビの養殖(shrimp farming)にあるから、われわれも天丼、天婦羅ソバの注文は控えるべきではあろう。
それはさておき、マングローブという木は海水の中に浸りながらよく育っているものだ、という不思議がある。塩に強い常緑(salt-tolerant evergreen)の木である秘訣は何なのか?
海面が上がってくると、河口のデルタ地帯にある稲作水田は塩害でやられることになる。食糧不足は、価格の急激な上昇に今既に見られるように、世界の大問題としてますます緊急課題となっている。その上に、米までやられるようになっては本当にお手上げになる。マングローブの耐塩性の秘訣を解明し、品種改良して、塩にも負けないお米は作れないものだろうか。世界有数の農業技術国である日本で、そのような改良技術は生み出せないのだろうか。もしできれば、ノーベル賞間違いなしだが。根から水分を吸い上げるときに、塩分をフィルターにかける細胞がマングローブにはあるのだろうか。
生物学に弱い私としては、まったく藪の中だが、世界の食糧のことを考えれば、神仏にすがっても塩に強い稲作の出現を祈りたい。
(08.02.08.篠原泰正)