主張されている事柄や描写されている事柄が、読んでスイスイと頭に入る明快な文書、各種の技術仕様書や各種の報告書を作成することは、なかなかにたいへんな作業である。
しかし、難しい作業だからといって、明快な文書を作成する努力を諦めてしまっては、現在の状況は一向に改善されないままこのまま続いていってしまうだろう。
特に、研究論文や特許仕様書を英語や中国語に翻訳して海外に公表しようとする際には、元の日本語文書が明快に、特に論理的に構築されていないと、致命的な問題が発生する。すなわち「翻訳」できないという。
国内向けだけを念頭において作成された特許明細書(仕様書)を英語や中国語に翻訳する際、翻訳者が「名人」であれば、分かり難い明細書を頭の中で分解整理して、欧米や中国で通用する文書に仕立ててくれる。名人の頭の中で優れた転換作業が行われていることになる。
このような名人がたくさんいれば問題は無いのだが、残念なことに、社会のどの分野においても、「名人」と称される高度技能者はそれほど存在しない。さらに、生産物の量が少なければ名人依存で済むが、現状の如く、海外出願されている特許明細書の数が途方も無いほど多い場合にはとてもそれでは処理しきれ無い。
一つの改善策は、日本アイアールが1年以上前から唱えてきた、日本語(国内明細書の文章)を日本語(英語や中国語に正確に翻訳できる)に翻訳します、というやり方である。変換される先の言語(つまり翻訳先)を念頭において、翻訳者が誤解しないように、可能な限り明確に日本語で記述するという作業である。いうならば、名人が頭の中で行っている転換作業を、目に見える形にして、(名人ではない)普通の力量の翻訳者に渡せば、海外で通用する仕様書になるだろうということだ。海外で通用するとは、簡単に言えば何が述べられているのか、普通の頭を持った人なら誰でも理解できるように仕様書が構成され文章が記述されているということだ。名人の頭の中というブラックボックスを顕在化させようとする作業と言い換えてもいい。
SLE塾で、この日本語から日本語転換に挑戦しようかと考え、前回、9月20日の塾で討議したのだが、やはりこの塾でやるのは諦めた。やはり、本年度当初からのねらいどおり、米国特許仕様書を教材にして、彼らがどのように文書丸ごとを編成し、どのように文章で発明とその周りを記述しているのか、分析して研究することを続けることにした。
英語で記述されている一つの物体、事柄、方法と同じことを日本語で表現できるはずであり、そのためには日本語文章をどのように書けばよいのか、地味なやり方であるが、続けていくことにする。
明治期、明快な日本語文章を作り上げるために悪戦苦闘してきた先人たちの多くも、自分が修得した外国語を参考にしていたといわれている。例えば夏目漱石の英語と漢文がそうである。そのやり方をまねするつもりはないが同じような方法を辿っているのかも知れない。
一方、国内明細書の日本語文章を翻訳可能な日本語文章に転換する(書き直す)ための学習は、別の教室で行おうと、今、準備中である。概要が決まれば、また、この場でお知らせしたい。
(07.09.29.篠原泰正)