日本アイアールでSLE塾を、毎週木曜日夕方6時から9時まで、開いている。2月から始めてすでに9回を数えて、どうやら進めかたが少し見えてきた。
SLEは「School of Logical Expression」の略で、これに「塾」を被せると学校という意味が重複することになるが、まだ「school」と称するにはおこがましい状態なので、実質「塾」である。
助走は終ったので、4月からは、社会人向けの大学院のつもりで、新たに馬力をかけていきたい。助走とは、おおよそ、事実関係の把握は終わったので、これからはその対策に取り組もうということである。
事実関係とは、詳細に調査したわけではないが、およそ以下の事項である:
(1)米国に日本から出願されている特許仕様書(クレームを含む)には、記述内容に不明確なものが多く、権利の主張に役立つかどうか極めて憂慮すべき状態にある。
(2)なぜ不明確なのか、その原因のもっとも大きな要素は、国内用に作成された特許明細書(請求項を含む)から直接英語に翻訳されて仕様書が仕立てられていることにある。
(3)さらに、特許に関する考え方が、米国と日本では異なるところがあるという事実に、注意が払われていないらしいことも、明快性を欠く原因の一つとして挙げることができる。特に、発明の権利の主張の仕方が異なるという、本質的な差異の認識が欠けているようだ。
(4)さらに、不明確な仕様書となっている原因の一つに、出願件数が企業の処理能力を超えていることを挙げなければならないだろう。一言で言えば、あまりにも件数が多いので、検査がほとんどなされないまま出荷されていることが多々見られるようである。
(5)米国企業が出願した仕様書、取得した特許仕様書は、インターネットでほとんどが公開されているにもかかわらず、英語力の問題もあり、あまり読まれていないらしい、ということもある。
(6)日本社会全般の問題として、「文書」というものが極めて重要であるという認識が、少しも高まらないまま戦後60年を過ごしているということもある。
(7)言語の問題としては、日本語の本質として、論理的に厳密に記述するには適さない言語であるという事実も、数え上げなければならないだろう。しかし、このことは、日本語では論理的に記述できないということを意味しているのではなく、言語の弱点を認識してそれを克服していく努力がなされてこなかったことを意味する。
(8)さらに、日本の社会の文化的な面で、あからさまに主張することが嫌われるという伝統が、明快な文書を作り上げる上で、障害であり続けていることも明らかであろう。
およそ以上のような把握を背景として、SLE塾としては、第一義的には、問題があるシステムそのものの変革を提言していくものではなく、「世界に通用する特許仕様書」をどのようにすれば構築していくことができるのかを、具体的に探ろうとするものである。
その方法としては、以下のステップでこれからの1年間をやっていこうと考えている.
基本的には、かつて製品開発で日本企業が欧米の製品から学んだように、米国企業が取得した優秀な(と判定しうる)特許仕様書をお手本にして、それに対してリバース・エンジニアリングをかけて解体し、同じように強い特許に仕立て上げる参考にしようとするものである。ひとことでいえば、真似しようということである。残念ではあるが、文書作りにかけては、欧米社会は日本と比べて一日も二日も先へ行っており、真似するのがもっとも手っ取り早い方法であると考えている。
リバースの順序と学ぶべき事項は以下の如くとなろう:
(1)クレームを含み、文書全体として、特許仕様書がどのような構成で成り立っているのか。他者に当方の主張を納得させるためには、仕様書をどのような流れで構成していっているのか。
(2)背景から望ましい実施例までの記述とクレームとの関係を、どのように整合を取っているのか。すなわち、仕様記述がどのようにクレームをサポートしているのか。
(3)背景、発明の要約、実施例(詳細説明)の各部分の中が、どのようなパラグラフで構成されているのか。一つのパラグラフには一つのサブジェクトという原則の下に、どのように区切られているのか。また、各パラグラフ間の配列順序はどのようになっているのか。
(4)一つのパラグラフを構成している各文章の構造は、どのようになっているのか。
以上の解体作業を行うためには、記述されている文章を正確に読めることが基本要件となるので、並行して、上記(4)の文章構造理解を深めていかなければならない。
この解体作業でおおよそのところが把握できれば、その次に、目的の本丸である、論理的に明快に日本語で書く、すなわち、オープンな日本語文章作りに取り組みたい。世界の人々に平明に、明確に語りかけることができるオープン・ジャパニーズの構築を目指して、一歩を踏み出したい。うまく行けば、これが、来年度の主たる課題となろう。
ということで、これからの1年間は、社会人大学院としてのSLE塾で、解体作業に汗を流していこうと考えている。
参加してみようと思われる方は、ぜひ、日本アイアールに申し出てください。授業料も、今のところは、いただいていません。何しろ参加者全員で、手探りで進もうとしている段階ですから。
(06.4.8.篠原泰正)