知財業界でお世話になって50年、回想録を纏めた
発明くんが知財業界にお世話になったのが1972年である。本年で50年を迎えた。発明くんが、これまで発信してきた「知財改革」に関する能書きを整理しながら断捨離することにした。
多くの人との出会いと助けで“なんとか50年やって来られた”という感謝の気持ちを忘れずに持ち続けて行きたいと思う。また1970年以降、知財業界の変わりようを改めて認識するきっかけになった。整理する最中にノスタルジックに浸れて楽しい時間が過ごせた。この回想録は、自分の思いに偏り過ぎたかなと反省。取り敢えず、IPMAのホームページヘ保管しておくことにした。
さて本題へ「伝わる日本語」に関する論説が、朝日新聞朝刊 日曜に思う(2023年1月29日)に記載されていた。 表題は、国や言語を超えて「伝える」難しさ
「伝える」という営みは難しい。国や言語の垣根があればなをさらだ。外交上のトラブルにも発展する。(沢村 瓦:論説主幹)
「最初に結論を表明するのが中国流。日本人は、細かい条件を並べ、帰納的に論じて行く。結論に至らないこともあります」。(柯隆:日本財団)
「日本は丁寧に<説明>すれば<理解>が得られると考える。だが、米国では<理解>は<同意>を意味しない。」「日本にとっての説明とは『落としどころを探ること』が多い。(グレン・S・フクシマ)
なべて言えば、日本人は「衝突をさけて無難にやり過ごすコミュニケーションに心を砕いてきた」(鳥飼玖美子)
IPMAは、「世界で通用する、戦える強い特許明細書を作ろう」という能書きを散々垂れてきたが、このような書き物に出会うと嬉しい。(発明くん 2023/01/31)