現状分析の結果、そこに問題点が抽出されれば、次にその「改善」策を考えなければならない。その改善策が、商品企画においては新規の商品企画提案として出され、製品開発では、既存の技術要素の組合せだけでは改善が見込めなければ、新規に「発明」をする必要がでるだろう。
ことが、怪しげな理念やコンセプトの下での展開であっても、例えば、銭を転がしてさらに大儲けをはかる、というような目的の下であっても、現状を分析し、つけ入る隙を見つけ(問題点の明確化)、自分達の利益のためにいかにひとを説得するか(騙すか)の策を考え、それを「現状改善策」として論理的に記述して提案することになる。狙いの品性が高かろうと低かろうと、取るべきプロセスは同じであり、必要な能力と気力も同じ程度に必要である。あるいは、人を騙すためには、より高い知能(知性ではない!)レベルが必要かもしれぬ。
先の大戦の期間中での、原子爆弾の開発(マンハッタンプロジェクト)において、集められた世界最先端の頭脳を前にして掲げられた「大義」は、ナチスドイツが原爆を開発しており、それに対抗できるものをわれわれが持っていなければ、エライことになる。世界中がファシズムの力の前に屈することになるかも知れぬ、というものであった。そりゃたいへんだということで、超特急の突貫工事で原子爆弾が開発された。集められるだけ集めたその時点までの技術の上に、超えなければならない敷居(スレッショールドthreshold)を克服し、悪魔の兵器は完成した。実はその開発途上において、連合軍のインテリジェンスは、ナチスドイツは「atomic bombを開発」していないという情報を得たが、その事実は開発完了まで、技術者には伝えられなかった。
「民主主義」諸国のリーダーがその最新情報を隠したのは、改善策の開発に取り組む開発者の「開発意義喪失」による開発意欲の低下、そしてその結果としての開発速度の低下を恐れたわけだ。論理的に研究開発者を騙したことになる。
話があらぬ方向にそれたようだが、ここでの結論は、整然とした論理展開の下で提案あるいは提示される「改善策」には、人間にとって良きものも、悪しきものもあるということだ。それを見極めるのは、前回述べた「分析力」であり、その分析力は能力もさることながら、何よりも、事実をつかむという知的作業に依存している。
(05.12.18. 篠原泰正)