独学のススメ(9)
大学卒業を目前にした春休みに、「卒業旅行」と称して親しい仲間と海外に出かけることが、一時、流行ったことがある。ただし、今もこの風習が続いているのかどうかは私の知るところではない。この卒業旅行の主たる行き先は欧州のようであった。簡単に言えば、「観光旅行」である。いい若い者が、パック旅行で仕立てられた日程のままに、団体でぞろぞろ花の都パリのシャンゼリゼなんぞを歩いている姿は、想像するだに異様である。
観光旅行なんぞは爺さん婆さんになってからするものであり、若者がするべきものではない。社会人になったら暇も少なくなるから、その前に海外でも眺めておくか、というなら、欧州や北米ではなく、第三世界(地域)に足を向けるべきだろう。
今、第3世界(the third world)と書いたが、最近ではこの名称は使われなくなり、developing countries(日本語訳で開発途上諸国?)というらしい。随分と失礼な無神経は呼び方であり、いかにも、近代(工業・金融)文明の展開を100パーセント良しとして疑わない単純馬鹿が名づけそうな言い方である。自分達を「先進国」と呼ぶのはさすがに最近では控えて、「developed countries」、つまり「出来上がった国」と呼ぶらしい。いずれにせよ、近代文明化を尺度にしてその程度で区分したものである。
ついでに言えば、ソビエトロシアが崩壊するまでは、旧連合諸国を中心にしてそこに日独伊を加えたかたまりを第1世界とし、ソビエトロシアおよびその衛星諸国(東ドイツなど)を第2世界、それ以外を第3世界と区分するのが一般的であった。第3世界とは、ほぼ90%以上、第1世界の「植民地」としてかつて支配されていた諸国・地域である。
講義はこれぐらいにして、卒業旅行に行くのならば、花のおフランスではなく、この第3世界/developing coutriesに出かけるのがおすすめと言いたい。近代文明の発展の程度が同じような、つまりその文明に毒された程度が同じような国に出かけても、頭と心への刺激は少ない。さらには、世界はすべてこのようなものと誤解する怖れも出る。何らかの刺激を得るためには、タイやブータンなど少数の例外を除き、かつて「先進諸国」の植民地にされて苦しめられた地域にこそ出かけるべきである。とはいえ、それら地域のリゾート観光地、インドネシアのバリ(Bali)島、メキシコのカンクン(Cancun)、マレーシアのペナン(Penang)島などなどに出かけるのは、将来の新婚旅行に備えての下見ならば仕方がないが、まったく意味も価値もない。リゾート観光地に旅する若者とは、それだけで知能、知性が疑われると承知しておくべきである。
近代文明化が遅れている地域は、別の角度から眺めれば、それだけ土着の文化がまだ壊れていない地域であると言える。学校を卒業し、会社員になってからそれらの地域を出張とか駐在で訪れるとなると、そこの風物と人々を眺める目はすべて「商売」という色眼鏡を通すことになり、また、先進国・大企業のエリート様として高いところか眺め下ろすことになりかねない。それだから、まだ色眼鏡もかけず、何の地位も権威も持たない学生の内に、その地の人と社会に触れる経験はおおいに意味がある。
以上、なんだかえらそうなことを書いてきたが、私自身は、この第3世界の中で生活した経験はメキシコだけしかないと思い至り、あれこれ言う資格はなさそうなのでここらで止める。
(13.04.17.篠原泰正)