昨暮れ、12月30日の日経新聞第1面に、カリフォルニア大学バークレーのロバート・コール教授へのインタビュー記事が掲載されていた。題名は「ITこそモノ作りの中核」となっている。この中で教授は、”日本は強みであるモノ作りにこだわるあまり、世界の潮流を見失っていないか”、”ソフトを軽視したモノ作り回帰は、非現実的な選択肢だ”、”日本企業ではソフト開発部門や技術者への評価が相対的に低く、IT企業は下請けのように扱われている”、などなど相当に手厳しい。
IT(Information Technologies 情報技術)という言葉は極めて幅広く技術分野をカバーしており、半導体製造もディスプレイ装置もITであるが、ここで教授が語っているITは記事から察するに、ネットワーク情報システムおよびそれを動かすソフトウエアである。そうみれば、教授の言うところは大方当たっているといわざるを得ない。言われているところは、簡単に言えば、ハードウエアであるモノとそれを動かすソフトウエアとその二つをひっくるめて総合的に顧客に提供するサービスで金を稼ぎなさい、ということになる。
このこと自体は別に目新しいアプローチでもなく、例えばIBMがもう20年ほども昔に(1993年に外部からCEOに就任したLouis Gerstner氏のトップダウン革命による)メインフレームコンピュータというハードウエアの「モノ」から、それを要素のひとつとしてのITシステム「サービス」業に変身したことなどが記憶に新しい。それゆえ、日本のモノ作りの代表格である大手製造業の皆さんも「頭」では重々承知のことであろう。問題は、「頭」では理解していても「身体」がついていかないところにある。
「身体」がついていかないということは、「苦手」であるためである。苦手であるからついついそこに踏み込むことを避ける。あるいは、苦手だけれどそのバリアを踏み越えなければ明日はない、と覚悟を決めても、中核の「モノ」がまた順調に売れたりすると、喜び勇んでその手馴れた戦場に戻ってしまい、苦い薬を飲むのは明日にしようと延ばし延ばしとなる。
ネットワークシステムは、その土台として拠点のモノ、すなわちサーバと端末機とそれらをつなぐ「線」で構成されている。もちろんこれだけでは、鉄骨だけのビルのようなもので、何の役にも立たない。そこに「情報」が流れて初めて意味を成すのであり、その情報を流す(処理することも含めて)ためにはソフトウエアが必要となる。さらには、それらの情報が、何らかの新たな「価値」を生み出すようになっていなければならない。
その価値とは、例えば、業務の効率化やコストダウンだけで得られるものではない。それらは、当然得られる価値を効率化やコストダウンで取り戻しただけの話であり、教授が”ITこそが付加価値向上のために最も必要な技術だ”というとき、その価値とは、上積みされた価値を指している。つまり、モノだけを単独で売った場合に得られる価値を100とすれば、それに40も50も場合によれば倍にして売るようにしなければならないということである。
言い方を変えれば、IT技術を使って、乾いた雑巾を絞るように1銭2銭のコストダウンを生み出す努力をしていても、それだけでは駄目ですよ、ということだ。その努力は否定しないけれど、もっと知恵絞ってがめつくでかく儲けなさい、と言われていることになる。それが、サービスまで含めての提供ということであろう。
例えば、自動車会社の土台が「良いモノ」である車を提供するところにあることは、自動車というモノがなくならない限り不変であるが、デトロイトのビッグスリーはずいぶん昔に、自動車ローンという金貸し業でさらに儲けるやり方を考え出した。金儲けという面では天才的手法である。ただし、デトロイトの場合、この金融業の儲けのほうにだけ目が行って、肝心の「モノ」である自動車にガタがきたので落ち目となってしまった。
その落ち目の話は余談になるが、教授が語っている「ITで付加価値を高める」というものは、例えば自動車産業で言えば、車の販売や金貸しで稼ぐだけでなく、「輸送」というサービスをトータルに提供することによって新たな価値、すなわち儲け口を生み出しなさい、ということではなかろうか。そのサービス提供には、最新のITに基づくネットワークシステムが不可欠の要素であるというわけだ。
ところが、その新しい付加価値を生むシステム(ネットワークを含めて幅広く)が問題なのだ。いや、日本人にとって、そこが最も苦手とするところと言ったほうがより具体的であろう。もちろん、具体的な「乾いた雑巾をさらに絞る」ための情報システムなど、目的と範囲がはっきりしていれば、その構築はできる。しかし、それは、上に述べたように、100円の自動車から限界利益を少しでも多く絞りだすだけであり、その「雑巾システム」でもって1台200円で売れるようにはならない。金貸し業で50円上積みしてもまだ150円である。200円で売れるようにするためには、あと50円。これが新規の付加価値である。
この残り50円を付加するためにITが不可欠といわれても、何をどうすればいいのか答えがなかなか出てこない。苦手な分野だから。
なぜ、苦手なのか。答えのひとつは、日本人という集団は言語に弱いところにある。情報システムの根源には「言語」がある。言語で明晰に表現できなければシステムは描けない。
自分の経験を通して戦後史を語るという、この1002回目からのブログの趣旨を曲げずに、幼少期から突然時代が飛んでしまい恐縮だが、私のITとのかかわりを含めて、次回以降、このコール教授の指摘を受けて問題解決の道を考えたい。(多分いい答えはないだろうけれど)そのためには、次回はまず、上に述べたシステムと言語の関係を考えることにする。
(2012.01.05.篠原泰正)