明確な表現2.何を表現するのかと構成内容
柱で建てるのではなく、壁を継ぎ合わせて建てる日本語で明確に表現するためには、多くの工夫が要る。今回はまず、その大筋として、何を表現するのか種類面からのチェックと構成要素に不足はないかのチェックを眺めることにする。自分が書いた文章はそれを公にする、例えば電子メールで誰かに送る前にチェックすることを習慣づけ、その際のチェック項目ととらえてもらいたい。
(A)表現する種類
文章で何事かを表現する場合、大きく分けると4種類が使われる:
1)主体(主語)の属性を定義する;AはB「である」
2)主体の状態を示す;AはCの状態に「ある」
3)主体が(他者と関係せず)自分だけで何かをしている姿を示す:AはD「している」
*欧州言語の文法でいう「自(律)動詞」が使われる
4)主体が他者に働きかけている様を示す:AがEにFを「行う」
*欧州言語文法でいう「他(に働きかける)動詞」-目的語を伴う-が使われる
母語である日本語で表現する(書く)場合、上の4種を意識することはまずないが、書き終わった後にチェックするときに上の4種を念頭に置いておくことはなかなかに役立つ。
(B)文章の構成要素
5W1Hプラス動詞という文章の構成要素から欠けているものがないかどうかをチェックすることが明確な文章に仕立てる上で極めて役に立つ。
WHO:誰が、誰に
WHAT:何を
WHEN:いつ
WHERE:どこで、どこから、どこへ
WHY:なぜ
HOW:どのように
動詞:どうする
もちろん、(A)で挙げた表現する種類によってはこれら全ての要素が必要というわけではなく、また、それとは関係なしに、表現する内容によっては全ての要素を必要とするものでもない。
上に挙げた(A)と(B)を念頭において、原子力安全委員会のウエブサイトから拾った一つの公表文書を材料にしてチェックしてみる。
*” ”でくくった文章が原文である。なお、この後順次述べていく上記のA、B2点以外のポイントもコメントだけ入れておく。*1文ごとに番号を付した。
1)”低線量放射線の健康影響について” *題名
平成23年5月20日
*少なくとも西暦(2011)を入れるべき-外国の人はこの年号は数えられない
原子力安全委員会事務局
*公式見解であるから「事務局」は外すべき
2)”標記に関する原子力安全委員会の考え方について説明いたします。”
*日本の文章で多く見られることだが、表題と本文は別物なので、文章として成り立たせるためには、(面倒でも)もう一度キチンと書くこと。
*低線量放射線の健康影響について原子力安全委員会の考え方を以下で説明いたします。
3)”放射線の健康影響は、「確定的影響」と「確率的影響」に分類されます。”
*”分類されます”という表現が問題である。この安全委員会が分類したわけではないと思われるので、誰が分類したのか書くべき。
*”健康影響”という漢語連結は避けるべき。
*放射線が人体に与える影響は(主語)、(国際XX委員会によって)、「確定的影響」と「確率的影響」の2種に分類されています(上記Aの2)の状態を説明している動詞)。
4)”「確定的影響」は、比較的高い線量を短時間に受けた場合に現れる身体影響で、ある線量(閾値)を超えると現れるとされています。”
*”比較的高い線量”と”ある線量”は同じであるからこの重複をなくすこと。
*”閾値”は一般の人には理解できない用語である。この発表文は国民に向けていると推測できるから、それなりの考慮が必要。つまり、表現する場合は、常に誰に向って述べるのか相手の顔をイメージしながら書くことが大事である。ムラの中でのみ生きていると村外の人にどのように語るべきかの技能が育たない。
*人体への「確定的影響」は、限られた短い時間内で、放射線の線量がある一定の値を超えた場合に現れるとされています。
*国際XX委員会が分類したのだから、”されています”でいい。
5)”比較的低い線量で現れる確定的影響として、男性の一時不妊(閾値は0.15Gy、ガンマ線で150mSv相当)やリンパ球の減少(閾値は0.5Gy、ガンマ線で500mSv相当)があります。”
*前の文章4)で比較的高い線量の時に現れると言っておきながら、比較的低い線量で生じる影響が出てくるので読む人は???となる。
*私が3.11以来勉強したところでは、人体への影響はシーベルト(Sv)で現されるそうだから、ここでの記述で「Gy」は不要であろう。(Gyとはなんだ?)また時間の関係が表されていないので、事実表現としては落第)である。
*人体への影響が現れる一定線量以上において、その線量が比較的低い場合の影響例として、男性の一時不妊(1時間あたり150ミリシーベルト)やリンパ球の減少(500ミリシーベルト/時)が挙げられています。
*ここまではこの安全委員会の見解ではなく、多分国際XX委員会の公表数値の紹介である。
6)”100mSv以下では確定的影響は現れないと考えられます。”
*なんだ、早く言え!というところである。閾値はどうやら100mSvであるらしい。そうであれば、”比較的低いとか高い”とかゴチャゴチャいわないで、最初から、いってくれればスッキリと頭に入る。
*人体への放射線の影響は、1時間あたり100ミリシーベルト以上の線量を受けた場合、「確定的影響」が現れると国際XX委員会では判定しています。その線量が100ミリシーベルトを超えてはいるが全体の中では比較的低い線量とみなされている150ミリでは男性の不妊、500ミリではリンパ球の減少となって現れます。
*”考えられます”というと、これはこの安全委員会の見解となる。本当にそんなこと言い切っていいのだろうか。国際XX委員会の見解であるなら、「と考えられています」、又は「といわれています」と書くべきところであろう。
*自分が直接責任を持てない事項と責任もって述べる事項をはっきりさせて書くには文章の末尾の動詞の表現が極めて重要な役目を持っていることがこの文章で理解される。
*ある事実(ここでは誰か他者の見解)を説明する場合、事実の状況ということで、上に記したAの2)が使われることが多い。
今回はここまでにする。事実(ここでは国際XX委員会という権威の見解)を自分の判断で妥当とみなし、その見解を採用しているのだから、その関係をはっきりさせて述べておかねばならないところだが、そのような配慮がまったく見られない文章であった。また、どれだけの放射線量をどれだけの時間浴びるという極めて大事な事実関係が示されていないので、残念ながらこの文章は原子力のプロである(はず)の委員会の作文としてはいささか、あるいは相当にお粗末な出来になっている。多分、「安全」の視点はハコモノの原子炉であり、人間の「安全」に関してはこの委員会はプロではないのだろう。
(11.5.24.篠原泰正)