世界の公用語としての日本語(7)
引き続き朝日新聞の記事を材料にして日本語を考える。
なお、ここまで取り上げた(1)から(21)までの文章は記事の頭から全てを採りあげており省いた文章は無い。
新しいパラグラフ
(22)”公益を名目に、似通った法人が各省ごとに増殖。”
先に述べたように漢語で文章を終える書き方はあいまいさを導くことになる。ここでの「増殖」は何を意味しているのだろうか。一読しての私の最初の印象としては、”各省で似通った法人が自然に増え続けている”となる。もちろん法人が庭の雑草の如く自然に増えるわけが無いので、このような印象を与える「増殖」がやはり問題と言える。
念のために「広辞苑」で見ると、次のように説明されている:「増殖」;1)ましふえること。ましふやすこと。2)生物で、個体・組織・細胞など、あらゆる段階でおこる量的増加の総称。
これで見ると、「増殖」には、自然に増えていく様を表す自動詞(自立的動詞)としてと、何らかの目的語に働きかける他動詞としての両方で使われるが、2)で見られるように自然(人為ではなく)に増えていく場合に使う方が一般的と思われるので、私の最初の印象もそれほどまちがってはいないようだ。
従って、この文章はやはり修正する必要がある:
公益を名目にして、どこの省においても、すでに存在する法人と何が違うのか判別に困るような新しい法人を次々に生みだしている。
この場で何度か書いてきたように、日本人は自然現象と人間が行った結果をごっちゃにして受けとめるという奇妙な癖があり、これは自然の中に溶け込んで生きる基本姿勢から出たものなのか、あるいは世の中こんなものさという詠嘆から出たものなのか、それ自体が社会学の探求の課題となるものであるが、結果としては、人為結果の責任をあいまいにするという効果を生んでいる。このあいまいさが、たとえばここでの「増殖」に出ており、税金無駄使いの要らない法人が、あたかも雨後のきのこのように、むくむくと「増殖」しているのを眺めて、”困ったものですな、ワッハッハ”、で終らせることになる。記事を書いている人も、厳しく追及はしたくないから、あたかも自然に増えているかの如く”「増殖」。”で文章をおしまいにするのがもっとも無難な表現である、として採用しているのであろう。(もちろんそこまで意識して書いているわけではないだろうけれど。)
(23)”分割発注で税金が投入され、そこに官僚OBが天下る--こうした構図は「食育」に限らない。”
ここで、これまでの記事の流れを振り返って見る。
文章(1)から(3)までは概要であり、農水省が進めている「食育の推進」事業において傘下に9公益法人があり、それぞれにお金が投入され、9法人合わせて合計53人の官僚OBが天下っていることが述べられている。
次いで(4)から(13)までは、話が少しそれて、農水省だけでなく似たような事業を文科省もやっていて別の法人が存在することが述べられている。
(14)から(17)は役員22人に職員1人というトンデモ協会の話しに飛ぶ。
(18)から(21)は話が戻って、異なる省の似たもの法人の中身に関し、その予算請求額の話が取り上げられている。
そして、(22)からは、一つの省の下での似たもの法人への事業発注のやり方などに話が移っている。
この記事が何を伝えたいのか読んでいてわかりにくいのは、ここまで問題としてきた個々の文章表現にあるだけでなく、上に分類したように、話がおかみさんたちの井戸端会議風にアチコチ飛ぶところにその原因がある。
限られた紙面の中で何を伝えたいか、を書く前に整理しておくことが大事である。その際、必要なのは、現象面からではなく、主題の根本をよく考えてから全体を構築することが肝心である。例えば、この記事が取り上げている舞台は、行政刷新会議が行っている事業仕分け会場であり、そこでの主題は無駄な法人の実体であろう。そうであれば、書き出す前に、どうしてそのようなイラナイ法人が山ほど存在しているのか、その根源を考えておくことが必要である。この場合、深く考えるまでもなく答えは簡単であり、天下り先をできるだけたくさん作るために法人の数が増やされ、一つの省が管轄する事業の種類と範囲はそうめったやたら広げられないから、似たような法人があちこちにできるというだけである。
ここでは文章の書き方を課題にしているので示してこなかったが、この記事には食育推進事業に携わる9法人の一覧表が示されている。従って、この記事の主題は、一つの事業を数多くの法人で分け合って何かをしている(あるいは何もしていないか?)実体を、具体的に示すことであろう。そうみれば、省庁を超えて似たような事業をやっている話はここでは取り上げないことだ。どうしても書きたかったら、続きにするか、あるいは末尾で、さらに実は同じような事業を文科省もやっています、と付け足すかである。
(24)”事業仕分けでは、公益法人が巨額の国費を「基金」としてため込み、天下り役員に高額な報酬を支払っている実態が次々と暴露された。”
「食育」に似たような話は他にもいくつもあるよ(22)、というのなら、その他の例を示す必要がある。ところが、話しはどうも、「基金」と役員の報酬に行きそうである。話題を変えたいのであれば、(22)と(23)は読者を混乱さすだけとなる。しかも、(24)の書き方では、「基金」の中から高額の役員報酬を捻出している、と読者は受け取る惧れがある。もちろん「基金」をため込むのと役員報酬の支払いは異なる事項である。「基金」の話をこのパラグラフから始めたいのであれば、例えば、次のように書いてはどうか:
さらに事業仕分けでは、このような仕事の重複という無駄だけでなく、管轄の省庁からの受託費や補助金などの国費を全て事業に使うのではなく、「基金」という形で内部留保されている実態も明らかにされた。
(10.07.15.篠原泰正)