日本語文章から日本語文章へ転換の必要性
日日「翻訳」と言うと少しどぎつい印象を顧客に与えるかもしれないので「転換」と言う言葉を使った方が良いかなと考えています。但し、絶対的にこれというわけではありません。
【背景】
特許を海外に出願する場合、国内出願の特許明細書の日本語文章を、外国語に翻訳する上で、オリジナル文章そのままで翻訳依頼することは、往々にして、オリジナルで記述されていることが正しく翻訳されないというリスクが伴います。(注)ここでは、英語に翻訳する場合に限って以下を述べることにします。
このリスクは、翻訳者の能力に原因するというよりも、国内特許明細書のオリジナルの日本語文章が不備であるため、あるいは特殊な表現方法でなされているため、記述されている内容を翻訳者が理解できないことに起因すると考えられます。
さらに、米国の特許仕様書の構成においては極めて一般的である、背景技術の説明と発明の概要の説明が不足しているため、せっかくの発明が魅力あるものとして訴求できずライセンス供与のビジネスチャンスを逃したり、あるいは侵害訴訟の裁判の場で陪審員の理解と賛同を得られず不利な立場に追いやられるなど、残念な結果をもたらす場合も考えられます。
英語に正しく翻訳できない日本語文章とは、例えば以下のような不備な点を有しているものとなります。
(1)主語が存在しない文章。
(2)誰が(WHO)、いつ(WHEN)、どこで(WHERE)、何を(WHAT)、なぜ(WHY)、どのように(HOW)行う、という、いわゆる5W1Hの要素の必要な記述が欠けているため、構成要素の互いの関係状態が把握できなかったり、AからBへの動作・機能がつかめない文章。
(3)主体(主語)の属性を定義しているのか、主体と他要素の関係状態を述べているのか、主体から他要素に動作しているのか、記述の目的があいまいな文章。
(4)請求項の記述をそのまま発明の説明に代用しているため、日本語になっていない文章。
(5)一つの技術分野での明細書で使われる特殊な専門用語:例えばレーザプリンタ・複写機の要素である感光体を「像担持体」と表現している文章。
このように、オリジナルの日本語文章が難解であったり、何を説明しているのか不明であったり、またあいまいであったりしても、長年の経験を踏んだ英語翻訳の達人であれば、頭の中でその日本語文章を噛み砕き、並び替えて、米国でりっぱに通用する英語文章に翻訳してくれます。しかし、残念なことにこのような達人の数は極めて限られており、多くの海外出願を委託することはできません。
そこで、通常の能力を持った翻訳者に委託すると、以下のような不具合が生じる危険がでてきます:
(1)文章の意味が理解できないが、オリジナル文章に忠実に翻訳することに努力し、結果として英語の文章となっていない。
(2)意味不明の部分を適当に推察して翻訳した結果、元の意味と異なる内容の文章になってしまっている。
【解決策】
上に挙げたような問題点を解決する方法はあるのでしょうか。
もっとも根本的な解決方法は、海外出願が当初より計画されているものについては、すべての出願先(国内を含む)の元となるベーシック明細書を一つ作成し、そこから国内向け、米国向け、中国向け等の特許仕様書(明細書)を作成することにあります。しかし、この方法の採用は既存の工程や慣習の大幅な改革を伴うことも予想されるため、今すぐの解決策にはならないとも考えられます。
従って、現実的な解決策としては、国内向けに作成された明細書の日本語文章を書き直し、また必要な編集(パラグラフを並べ替えるなどの)をおこなったものを、通常の能力を持った翻訳者に渡す方法が有効となります。
日本語から日本語への転換作業:
この現実的な解決策を、日本語文章から日本語文章への転換作業、すなわち「日日転換」作業と呼ぶことにします。英語に翻訳されることを想定しながら、できるだけ平明な文章で書き換えることを行います。
この書き換えられた明細書から英語に翻訳することで、翻訳者の読解負担は大幅に軽くなり、翻訳の正確さも大幅に高まり、英語文章としての完成度も数段高くなります。英語に翻訳する前に工程を一つ入れることは余分の手間と費用が掛かると考えられるかもしれませんが、結果として平明にして正確な米国出願用特許仕様書が効率よく作成できることになるので、けっして余分な工程とはなりません。それどころか翻訳に出す前の、必要不可欠の工程と言えるでしょう。
ケースによって異なりますが、日日転換作業には最大三つのステップが必要になります。
(1)英語に翻訳されることを前提として、平明にしてかつ翻訳しやすい文章に書き直す。(内容をできるだけ正確に把握するために、図面参照はもとより詳細説明まですべて読んでから、転換作業がなされます。)
請求項も米国型のクレームになるように文章形態を書き直す。
(2)文書構成上、論理的な流れになっていない場合は、できるだけ論理的な流れになるようにパラグラフ等を並び替えたりする。論理的な流れは、米国において、説得力ある文書であるための必須要素である。
(3)背景技術の説明や発明の概要の説明が不足している場合には、可能であれば追加執筆をオリジナル作成元に要求し、書き直した追加文章を挿入する。
但し、現実的対策としては、まず(1)のステップでのできるだけの完成を目指し、より完璧な明細書づくりは、根本的解決策の方向で対処することになるのかもしれません。(知的財産活用研究所研究員からの提案)