文明とは何か
日本文化の特徴を色に例えるなら、中間色と言えるだろう。この文化が、白と黒、光と陰、明と暗などの二値を基盤とする西洋文明と出会うとどういうことになるか。近代150年の日本の歴史は、この自分の文化と西洋から雪崩れ込んできた(ほとんどは自分で買い付けに出向いて取り寄せたのであるが)文明の間の相克の歴史でもある。見事に西洋文明を取りこんだとも言えるが、その文明と文化の間の接点では常に何ほどかのキシミ(軋み)が続く。
日本文化では、例えば白と黒のみで表される墨絵においても、もっとも大事なのはその濃淡の現れであり、「霞(かすみ)」、「ぼかし」の部分にわれわれはもっとも惹かれる。白地に漆黒のクッキリ、スッキリでは絵とはならない。
この中間色を言語の世界で見ると、文学の世界(物語、小説、随筆、和歌、俳句、狂言、謡曲、浄瑠璃、などなど)では、われらの日本語は単純な二値化をまぬがれ、微妙な色彩の世界を構築してきた。このことを語るのがここでの主題ではない。主題は、言語による表現のもう一つの分野にある。
モノづくりの世界では、前にも何度も書いて来ているように、この中間色の文化をうまく生かして、二値、すなわちイチゼロのディジタルで設計されたモノに微妙な味付けをほどこし、それが世界での成功の基となった。ここでも日本文化の特色は大きくプラスに利用されてきたと言える。
しかし、この世界に冠たるモノづくりを日本語で表現するとなると、途端につまずくのがわれわれであり、150年間、つまづきっ放しと言える。モノそのものを語る、モノの作り方を語る、モノの使い方を語る、モノを市場に出すにあたっての製造責任を語る、さらには、モノを構成している各要素を語る、その要素を生み出した発明を語る、とモノに関わるあらゆる面で、明快な語りのルールを確立することに日本社会は失敗してきた。
それどころか、語り方の原則を作らなければならないという必要性さえ感じず、あるいは理解できないまま今日に至っている。更に言えば、もしかすれば、この面では明治期の方が今よりも確立されていた、あるいは明快に語る必要性が強く意識されていたとも考えられる。そう、明治期と比べると、むしろ退化したのかも知れない。幕末から明治期いっぱいまでの、科学・技術、社会分野のエリートたちは、この面での西洋文明を導入しなければならないがために、欧州言語(蘭英独仏のどれか)の修得は必須であったし、同時に伝統の教養として漢文(少なくとも読む)に深い造詣があった。つまり、言語への取り組みにおいて、不肖の三代目か四代目にあたるわれわれよりも遥かに強く確かな意識があったと言える。
せっかくのその蓄積あるいは伝統は、明治以降の社会全体の帝国主義的な傾斜の中で行方不明になり、その傾斜の結果である敗戦以降は、まれにみる単純な(二値の権化のような)アメリカ文明の嵐の中で、ついにその価値が見直されることなくここまで来た。
文明化の嵐の中で、文化は常に劣性に立たされるが、文学という面での言語はまさに文化そのものでもあるがために、文明という嵐をまともに受けることなくしのぐことができた。一方、西洋文明の中核である、科学・技術や社会・経済・政治のシステムなどを語る場合には、当然、この文明が作り上げてきた原理や規則にのって行う必要がある。そうでなければ、同じ文明を基盤にしている他者が理解できない。好きだろうが嫌いだろうが、ルールは西洋が決めたものであり、われわれはそのルールに従って試合をするしかない。嫌なら、限りなく文化の奥に逃げ込めばいいだけである。
このことは、頭では理解されている。また、モノづくりのように、西洋ルールに従いながら、自分たちの味を付け加えることも十分に達成してきた。ところが、である。言語によって表現するとなると、途端にこのルールの理解が怪しくなる。もっと言えば、ルールが存在することさえ理解していない人がおおぜいいる。なぜだ?
厄介なことに、言語は文化の産物であり、同時に文化を育てる中核でもある。つまり、文化とビタっと密着しているわけだ。この、文化の臭いを可能な限り消し、文明普及の道具として存在しえた言語は、これまでに二つしかない。ローマ文明から生まれたラテン語と、現在の近代工業化文明の中核である英語の二つだけである。
文明とは、文化と宗教と民族の境を越えて、頭で理解する力がある人誰もが参加できるものを文明と言う。つまり、普遍性と汎用性がなければ文明として受け入れられない。従って、そこで使われる言語も必然的に極めて普遍性と汎用性の高いものに変質していく。その生い立ちの文化の色彩がどんどん消えていくことによって、文明の語り部としての言語が受け入れられていく。例えて言えば、文明の事項を理解し語るために英語を学習するとき、イギリスとアメリカの「文化」を知る必要はまったくない。
今現在われわれが母語として使っている日本語は一種類しかない。日本文化にどっぷりと根を下ろした日本語しかない。その文化を基盤にする社会に暮らす人しか理解できない日本語しかない。文明事項を語り討議するための日本語はどこにもない。明治期、先人が苦労して作り始めたこのもう一つの日本語は、上に書いたように途中で挫折してしまった。
そのため、例えば、文明事項そのものである発明技術を日本語で語る場合も、限りなく日本文化の影響を受けたままで語られるので、しかも、まずいことに、技術を理解していない人が語り部として語る場合が多々あるので、結果としては、文明事項の語りとは程遠いことになる。単純に言えば、その書かれた日本語を現文明のツールである英語に翻訳することはほとんど不可能である。
用いる言語が違っても、文明事項を表現するルールに合わせてあれば、A言語からB言語に翻訳することは可能である。ルールが無視されていれば、あるいはルールを合わせる必要性を理解していなければ、どう逆立ちしても転換はできない。
例えば、日本における知的財産の最大の問題は、ここにある。文明事項の一つである技術を語るための日本語をわれわれはもっていない、という問題である。そして、この問題は、知財だけでなく、その他多くの面でのドデカイ問題なのだ。例えば、医療の面でも、インドネシアからわざわざきてくれた看護師さんを最初から最後まで悩ますのは、日本村の中の日本医学村の中だけでしか通じない医療医学日本語の存在である。医学医療という文明事項を語る日本語をわれわれはもっていない。日本人の患者でさえ理解できない医療日本語をどうやってインドネシアの看護師さんに修得してもらおうとしているのだ?
(09.06.18.篠原泰正)